メイン顧客のニーズを理解せずしてベンチャーの成功なし

起業の失敗大全 スタートアップ VC

今年3月発売の『起業の失敗大全』から4章「擬陽性」の一部を紹介します。

擬陽性とは、初期の顧客の好ましい反応を見てそれを過大に評価してしまい、「潜在市場はもっとあるはずだ」と錯覚してしまう罠です。しかし通常、初期の顧客(イノベーターやアーリーアダプター)とメインストリームの顧客(アーリーマジョリティ)のニーズは異なるのが一般的であり、場合によってはそこには埋めがたい溝があることがあります。そうなるとせっかく経営資源(リソース)を調達しても、そのリソースではメインストリームの顧客のニーズを満たすことができなくなります。必然的に売上げが上がらなくなったり、組織の内部に不整合が生じ、組織が崩壊してしまいます。起業家は、初期の顧客の反応に騙されるのではなく、それが本当により大きな市場に受け入れられるのかを冷静に見極めないといけないのです。

(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

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擬陽性の2つのパターン

擬陽性には2つのパターンがあります。いずれのパターンも、アーリーアダプターの行動がメインストリームの顧客の行動と一致すると、起業家が勘違いしてしまうものです。

1つめのパターンでは、起業家はアーリーアダプター向けのソリューションを作り、そのソリューションにリソースを投入した後、そのソリューションがより大きなメインストリーム市場のニーズを満たしていないことに気がつきます。メインストリームの顧客がいなければ、生き残るための十分な収益を得ることはできません。ピボットの必要性を認識したときには、従業員をはじめ不適切なタイプのリソースが社内に多く存在しています。資金力のないスタートアップには、それらを置き換えるための手段がありません。

2つめのパターンでは、起業家は機会を生かすためにリソースを集めます。その機会を追求しているうちに、アーリーアダプターの需要に驚き、メインストリームの顧客の需要も大きいと思い込んでしまいます。それを受けて、彼/彼女は拡大計画を加速させます。しかし、1つめのパターンと同様に、ベンチャーの当初のリソースは新しい方向性に適していないのです。

ペットケア代行業のバルーは2つめのパターンに当てはまります。ボストンのインク・ブロックでの擬陽性をきっかけに、ハイドはバルーのビジネスを加速させ、それがリソースに関する4つの要素の問題を悪化させたのです。

起業家

バルーの失敗は、ジョッキー(起業家)のせいでしょうか? CEOであるハイドは、数々の失敗をしました。しかし、振り返ってみると、自分の判断に誤りがあったことを認識し、その責任を取っています。例えば、擬陽性の罠にはまったことを認めています。失敗したにもかかわらず、ハイドは本書で紹介されている起業家の中でも、そのビジョン、情熱、決断力、そして失敗から学ぶことに関して際立っています。

ハイドは、共同経営者がバルーの成長ペースに懸念を抱いていることを、看過したことについても認めています。「私はいつも、同僚を効果的に巻き込んだり、彼らが抵抗しているときにそれを聞いたりしませんでした。メグは私に『次の拠点を本当に立ち上げるべきなの? ITのインフラが整う前にやるべきなの?』と言ってきました。理にかなった意見ですが、当時の私には腹立たしいことでした」。また、彼女は共同創業者との間に、「あまりにも多くの歴史がある」ことに気づきました。バルーを立ち上げる前は3年間離れていましたが、最初のスタートアップを10年かけて一緒に作り、それがうまくいった経験があったのです。

チーム

ハイドは、ペットケア担当者を社員にして時給を支払えば、ロイヤルティが生まれ、生産性が向上すると考えましたが、この考えは間違っていました。

バルーは業界のスペシャリストが不足していたわけではありません。ハイドは、シカゴで彼らを採用し、経験豊富な不動産管理者を、バルーの最初のマネジャーとして採用しました。しかし、バルーが直面している課題には、ハイドのような何でも屋のジェネラリストのほうが適していることがわかったのです。

投資家

ハイドと同様に、バルーの当初のエンジェル投資家も擬陽性シグナルにだまされ、会社の成長率についての考えを変えました。当初、彼らはバルーが適度なリスクを取り、3年から5年の期間で適度なリターンを得ることを望んでいました。ハイドはこう述べています。「さまざまな都市で私たちを必要とする建物がたくさん出てきたとき、私たちは興奮しました。しかし、成功するためには3,000万ドル、4,000万ドルの資金が必要だということは、誰も理解していませんでした。一部の投資家は混乱していました。当初の安全なリターンを求める一方で、VCスタイルの大きなリターンにも惹かれていたのです」

あるエンジェル投資家は、ハイドの能力やリーダーシップに疑問を投げ掛け、新しい投資家を遠ざけ、バルーの崩壊を加速させました。ハイドは彼のことを警戒していましたが、「私たちは資金を必要としていたし、私は彼をコントロールできるという、誤った自信を持っていました」と振り返ります。

「投資家との付き合いでいちばん幸せなのは、タームシート(条件概要書)にサインするときだと学びました。今は、もしそのときにすべてがバラ色でなければ、やめるべきだと思っています」

もしやり直しがきくとしたらどうするか、という質問に対して、ハイドは、当初の計画には戻さないと断言しました。それどころか、「フルスロットルで走ることができるビジネスを構築するでしょう。自分自身について学んだのは、自分は物事を速く成長させるのが好きだということです」と彼女は言います。「規模のあるものを作るチャレンジが好きなのです。バルーも、もっと時間をかけて、もっと多くのVC資金を活用すれば、きっと成功したと思います。火に油を注ぐようなVCを入れるべきでした」

パートナー

バルーがサービスを提供しているビルは、期待していたよりもマーケティングに関する支援が少なく、無理な要求をするビルもありました。もしバルーがもっとゆっくりとしたペースで事業を展開していたら、あるタイプのビルが他のビルよりも好ましいことを見出せたかもしれません。それができれば、契約前に、そうした特徴を備えているかどうかを確認できたでしょう。しかし、猛烈な勢いで事業を拡大していったため、慎重な審査抜きに、興味を示したビルと契約を進めていったのです。

起業の失敗大全 スタートアップの成否を決める6つのパターン
著者:トム・アイゼンマン 訳:グロービス 発行日:2022/3/30 価格:2,970円 発行元:ダイヤモンド社

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