日本人の強みを活かすヒントは「お茶」にある!AI時代のその先で人はどう働き、どう生きるべきか?〜亀山敬司×國光宏尚×田中良和×仲暁子×岡島悦子

本記事は、G1サミット2019「時代の先を読む開拓者たち~大放談3.0~」の内容を書き起こしたものです。(全2回 後編)

岡島悦子氏(以下、敬称略):國光さんは、たとえばVRやスマホに合ったUXですとか、「これでしかできないことは何か」ということをすごく考えていますよね?

イノベーションとは既存のものを「安くする」「便利にする」「楽しくする」こと

國光宏尚氏(以下、敬称略):イノベーションってすごくシンプル。イノベーションというのは「今までにまったくなかった何か」を生み出すことだと誤解されがちです。でも、可処分時間と処分所得は一定なわけだから、まったくないものがつくられるケースはあまりないんです。それより重要なのは、新しいテクノロジーを使って、すでにあるものを圧倒的に安くするか、便利にするか、楽しくすること。この3つがイノベーションなんです。「メルカリすごい!」と言うけど、オークションなんて昔あったわけじゃないですか。「LINEすごい!」と言うけどチャットなんてあった。

あるいは「Uberすごい」と言うけど、電話でタクシーを呼ぶことだってできていた。ただ、求人だって昔からあったわけだけど、それが新しいテクノロジーによってすごく便利になった。それで、ウォンテッドリーを使っていると「ココロオドル」という風になる、と。これまで10年はそんな風にして、スマートフォン、クラウド、ソーシャルを使って、既存のものを圧倒的に安く、便利に、楽しくしていた。でも、今後は、XR、IoT、そしてクラウドAIという新しいテクノロジーで、それをしていくところが勝つと思います。

そのなかでも、一番分かりやすいイノベーションがUI・UXに関わる部分。これまでスマートフォンで勝った会社がやってきたことは、まあまあシンプルなんです。スマートフォンという、小さな、けれども常時接続しているものに適応したところが勝ってきた。一方、AR時代がどうなるかというと、まず空間すべてがつながっているような状態になります。ただ、そのインターフェースが今はARグラスかホロレンズぐらいしかないから、それをまだ試すことができないわけですね。でも、VRのなかであれば、そうした未来のUI・UXをすべて付けることができる。そこが重要なんです。ブロックチェーンになると話は別ですが、結局のところ、インターネットだけで完結する世界というのが今のところは終わった。だから仕方なくリアルと連携させる、みたいな話になっているわけで。

ではARで何が重要かというと、今僕らが見ているもののすべてをデータとして取ることができる点。誰に会って、どこに行って、何を食べて、どこを見ていたかとか、空間にあるすべてのデータを取ることができます。だから、今までとは次元の違う量のデータが対象になるので、それをどのように処理して、表示させるのか。これはつまりUI・UXの革命なんです。で、それがVR上ではすでにできる。だから、田中さんのところもそうですが、VRを今やっているところは将来のAR時代も優位に進めることができるという風に考えています。

岡島:田中さんのところもVR領域は相当攻めていますよね?

田中良和氏(以下、敬称略):僕らはVTuberというものをやっています。そこに注目している理由はいくつかあるんですが、1つ面白いと思うことがあるんです。「CGのYouTuberなんてどれだけ流行るんだ?」と言われますが、実際、YouTuberはめちゃくちゃ流行っているじゃないですか。ただ、YouTuberって基本的には顔出しだし、それって実名投稿みたいなものですよね。そこで考えてみると、もしTwitterが明日から実名&顔出しでしか使えなくなったら相当盛り下がると思うんですよ。でも、YouTubeはすでにそういう状態なんです。もし、今まで実名で顔出しでしかできなかったTwitterが、明日からニックネームもアイコンOKになったらむちゃくちゃ盛り上がる筈ですよね。じゃあ、同じようにYouTuberがCGになれば匿名可能になるから、「それなら10倍盛り上がってもおかしくないでしょ」という感覚なんです。実名だと言いたいことが言えないじゃないですか。皆、顔出しもしたくないし。

岡島:顔出しする、しないの違いは、亀山さん的にはどうなんですか?

亀山敬司氏(以下、敬称略):そりゃ、しないほうがいいに決まっているよね(笑)。ちやほやされたかったら、こういうところでしゃべればいいけど、街を歩いていて誰にも知られたくないときってあるじゃない。そのほうがゆっくりできるし。経営者なんて出るもんじゃないよ。

岡島:ちなみに亀山さんは、顔写真を出していたことはあるんですか?

亀山:いや、俺はもともと50歳までは誰にも会いたくないと思って引きこもっていたから。社員に「出てくれ」とか言われても、本当は静かに生きたかったのよ。実はそういう人間なのよ。でも、世の中では美女をはべらせて「がははは」なんて言っているようなイメージがあったらしい。皆、そういう夢を俺に見ていて、「亀山さんになりたい」とか言うわけ。だから「いや、会ったことない人にそんなこと言われても困るし」って思って出てきた(会場笑)。

國光:今回のG1はAI関連のセッションや議論が多いですよね。実際、ここから10年間はAIがすごく重要になります。でも、そこから先は結構どうでもよくなってくる。AIって、簡単なんですよ。

田中:AI、やったらいいじゃないですか?

國光:やってる、やってる。だいたいAIを使ってないゲームやVRの会社なんてどこかにあるのかというぐらいで。とにかく、ディープラーニングが出てきてAIはすごく簡単になった。しかも、みんな「画像認識がうんぬん」とは言ってるけど、だいたいAmazonやGoogleがつくったようなデータを使っているわけだし。それなら誰がやっても、ある程度以上につくればだいたい一緒。今は、たとえばGoogleは音声が得意とか、マイクロソフトは画像が得意とか、少しの差はあるけど、ここから数年したらAmazonもGoogleもバイドゥもアリババも基本的には一緒になる。しかもそれがクラウドベースで提供されるようになるから、どの会社もつくるものは一緒になるんです。

じゃあ、そこで最終的な違いが何になるかと言えば、細かく教えるところ。「これは赤い服」だとか「これはこういう繊維」だとか。そこは細かく教えればいい。これは手作業です。そこをやったところが違いを生み出す。なので、ここから10年間はAIがすさまじく重要になります。ただ、そこで何が大切になるかというと、ビッグデータとか国家のうんぬんといった話ではないんですよね。重要になるのは、何をAIに任せるか決める部分。そこをコツコツとAIに食わせて精度を高める部分が大切になります。

AI時代に日本人の強みを活かすヒントが「お茶」にある

仲暁子氏(以下、敬称略):話題を変えていいですか?ちょっと「お茶」の話をさせてください。最近『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』(新潮社)という本がすごく売れているじゃないですか。故・樹木希林さんが出演して映画化もされて。あの本がすごいんです。日本人のエッセンスみたいなものがすごくよく書かれている。結局、AIとかビッグデータとかロボットといっても最後は物量の戦いになりますよね。でも、日本は規制があって賃金も上げづらいし、そうなると人材の量や質でも勝てないので、構造的に勝てないという話になっちゃう。そういうときに日本人の何を活かすのかという話に興味があって、そこでお茶の話がすごく面白いと思ったんです。

個人的には、お茶について3つの大きな発見がありました。1つ目が、「自己発見」的学習。お茶にはたくさんの作法があるらしいんですね。「手をこう動かして、次はこう動かして」みたいな。ただ、その1つひとつについて「なぜこうするんですか?」と聞いても「理由なんてなんでもいい。やりなさい」となる。欧米だと、理由を聞けば「いい質問だ。スマートだね」という風になるのに対して、古き良き日本は「質問なんてしては駄目。とにかくやるんだ」みたいな。最終的に、ある時「わかる」んですね。「知る」と「わかる」はよく違うといいますが、経験を通じて「わかる」に直接飛ぶ感じです。良いとか悪いとかいう意味ではなくて、とにかくそういうところがある。日本人が形から入るのが好きなのも、ここに起因すると思います。

2つ目は他者との比較をせず、自己との比較をする点です。欧米だと「山田くんに勝った」「田中さんに勝った」といった比較になるんですが、日本のお茶では他者でなく、過去の自分と比べてどう極めていくかが大切になるんですね。だから、たとえば80歳になっても勉強が楽しいなんていう話がある。お茶をすることは「勉強する」と言うそうですが、それで80歳になってもお茶を続けるし、どんどん自分を極めていく。それは職人のエッセンスでもあると思います。日本人特有のオーバースペック問題にもつながるという意味ではビジネス的にはマイナスもあるけれど、それがアートではプラスに働いたりするわけですね。

そして3つ目は、細かい作法が求められるお茶のような世界で神経を研ぎ澄ませていると、感性がすごく豊かになること。身体中のセンサーが強化されるともいえます。それで、たとえば茶室に侘び寂びを感じて、寂れてはいるけれども一方では小さな茶室から小宇宙を感じたりする。そういう妄想力も日本人が培ってきたエッセンスなんだと思いました。あるいは舞い落ちる桜の花びらを見て、欧米の人々は「花びらが落ちているだけじゃん」となるけれども、そこに何かを感じたりするという。そういう妄想力は、漫画等のコンテンツに通じると思います。商売としては非論理的で生産性を下げたりする価値観でもあると思いますが、とにかく『日日是好日』では、そういう、今までもやもや感じていたものがかなり言語化されていて「なるほど」って思いました。

國光:そういう意味で言うと、今問われているのは産業革命以降の時代をどう生きるかという話なんですよね。産業革命の時代ってすごく分かりやすくて、物質的に豊かになることが幸せになることだった。だからどんどん物質的に豊かになろうという話が中心だったし、おじさんたちは今もそういう感じなんだと思います。でも、若い子たちは「これ以上モノが増えたって幸せになるわけじゃない」と、感じ始めている。

仲:そうなんです。だから今の時代に日本人の思想というのは割と合っていたりする。こんまりさん(近藤麻里恵氏:片づけコンサルタント)がネットフリックスで大人気だったりするし。あの「モノや家にも魂や心がある」という発想も、アニミズム的で非常に日本人的だと思います。

岡島:産業革命で筋肉が代替されて、AIで脳が代替されていった次は「心の時代」と言われているから、そこはまさに仲さんが言っていることになるのかなと思うし、日本人の強みもそこで出せるのかな、と。

國光:とにかく、ここから先の10年はAIが重要。AIがモノをつくるような領域で自動化を進めたりして効率を高めていく。AIというのは簡単で誰でもできるから、今後10年ぐらいで製造業やサービス業のほとんどはAIとロボットでやるような感じになる。すると何が起きるか。圧倒的に暇になる。今でも働き方改革を含めて労働時間は短くなっているわけだし。

田中:ただ、僕はAIで暇になるとはぜんぜん思ってないんですよ。人間って、やっぱり人よりも「何かしたい」という思いに囚われていますから。働く必要がなくなっても、またわけわかんないことを探し始めて何かやりますよ。

國光:それはそうですよね。

仲:さっきの「アルゴられてる」という話に戻るんですけれども、アルゴられてると超安全でハッピーな人生を送ることができる。でも、そうなると、たとえば「間違った選択をする権利」みたいなものを追求するような動きが出てくる可能性もありますよね。「アルゴリズムは『血糖値が改善するからこれを食べろ』と言うけど、自分はそんなの食べない」って。

國光:人間が今やっている仕事の多くはAIがやるようになるから人間はやらないほうがいいという話は、「ベーシックインカムを渡すから、お前らはごちゃごちゃ言わずにアルゴられとけ」みたいな方向性でもあって、これはパワーエリートの考える悪の世界。でも、「そうじゃなくて1人ひとりにココロオドル仕事があるよね」ということで皆が生きていく方向性というか、自分自身の人生を見つけようという方向性がある。そのどちらに行くかを問われるのが、10年後の先の話になると思います。AIによる生産性革命が行き着く先では皆が超暇になるから、そこでどういう風に心を動かすか。

田中:アルゴリズムに反逆するというのはいい話っぽいんですけれども、要はGoogleマップが示す方向とは違うほうに進むということですよね。

仲:そうです。間違った選択をするという権利だから。

岡島:では、一旦会場の皆さんに開きたいと思います。ご質問がある方はぜひ。

Q、今後10年間で、AIが「意識」や「感情」を持つようになるのでしょうか?

國光:この10年間でAIにできるのは、基本的には生産性を高めていく程度のことだと思っています。じゃあ、人間に残るものは何か。AIにできないのは、現状では仮説を立てること。先ほど「超簡単」と言ったのはAIを使って何をするかという部分であって、それは現在の生産工程やサービスといった領域ぐらいなんですね。じゃあ、今後はどう使うかというと、たとえば相手と話すとき、ARグラスに「こういう話をしたほうがいい」「相手はちょっと喜んでいるよ」なんて表示されたら便利でしょ?そういう感じをつくることが重要になるんだと思います。とにかく、今あるものを効率化することはできるけど、今ないものはできないから、それをつくるという部分で人間が重要になると思っています。

そして、そこからさらにもう1歩踏み込んだ仮説があるんですね。人間の五感ぐらいまではAIで代替できるけど、おそらくそこをAIがやるようになると、人間は何か違う、第六感や第七感が出てくるようになる。「ガンダム」や「聖闘士星矢」みたいな感じです(笑)。今までは機械が人間の肉体的な仕事を代替するようになって、それで肉体的な力がそれほど重要じゃなくなってきた。でも、これからは脳の部分をAIがやるようになって、脳の部分がそれほど重要じゃなくなっていく。そうなると心の部分に何かしら出てくると思う。僕がサウナに行っているのは、自分のなかの第六感や第七感が出てきたらいいなというのもあって。

亀山:スマホを持った時点で、第六感じゃないけど、ある意味でテレパシーのようなものを持ったわけじゃない。能力が1つ増えたみたいな話になった。そんな風に、これからはAIが感情を持つというより、人間が機械っぽくなっていくと思う。道具を使いながら人間自体が変わってくる。たとえば俺が昔、動画配信をはじめた頃は、ビデオレンタル屋にとって替わろうと思っていたんだけど、いつのまにかブログやYouTubeが出てきて、皆がコンテンツを自分で作って配信するようになった。機械に合わせて人の行動が変わっていった。それと同じで、AIが感情を持つというより、人がAIに合わせてちょっと考え方が変わってくるというのはあると思う。

岡島:松尾先生(松尾豊氏:東京大学大学院工学系研究科 特任准教授)は以前、「人間がインディビジュアル(‘in’+‘divisual’)と言うのは、それ以上分けることができない、ディバイドできない単位になっているからで、それが人間の定義である」といったお話をなさっていました。その機械との境界線が曖昧になってくるというのはすごく面白いと思います。

亀山:体にコードを指したり、スマホを埋め込んだりしてね。それで視界にもいろいろ情報が出たりすると、それに合わせて答えるのが当たり前になってくる。パッと見ただけで相手の年収が分かったり(会場笑)。でも、そのとき俺の情報だけは分からないようにするのが理想なの(会場笑)。みんなはGoogleに顔がバレてるけど俺だけはバレないというのが(笑)。

仲:機械が意識を持つかどうかという点では、その機械が知的かどうかを判断する「チューリング・テスト」というのがありますよね。実際に人間的な応答ができなかったとしても、人間が人工知能と認識すればそれは人口知能、的な。つまり、何をもって意識とするのか、という定義が大事なんだと思います。人がそれを意識と感じるかどうか。現状だと「今のAIの延長は、そこまで人間っぽいことはできない」といった話になっていますよね。一方で、今は脳をすべてスキャンするプロジェクトがアメリカで進行中らしいんですね。それが完成するとAIを超えた、本当に人間の意識に近いものがつくられるそうです。

岡島:では、最後にそれぞれ、言い損ねたことがあれば。

亀山:こんなまとまりのない話を聞くぐらいなら、「NHKスペシャル」あたりを観たほうがぜんぜん勉強になる(会場笑)。まあ、こっち側からすると、壇上から自己紹介しておけば立派な人に思われたりして何かとメリットはあるんだけど、聞いている人は大変だったと思います(笑)。とにかく、今日はご清聴ありがとうございました(会場拍手)。

國光:やっぱりAIはたいしたことないですよ(会場笑)。ここから10年間は結構重要だけど、AIがやるのは生産性を改善するだけの話で、そこは結構見えるから。重要なのは、AIによって生産性が改善されて人が働かなくなった先、人が何をするのか。圧倒的に暇になった時間のなかで、それでもどういう風に楽しく生きるのか。それが重要になるんだと思います。ありがとうございました(会場拍手)。

田中:朝、改めてこのセッションのメンツを見て、今までは自分のことを若手IT起業家だと思っていたけど、いつのまにか亀山さんや國光さんと一緒の「面白芸人枠」に入っているって(会場笑)。だから、これからは面白芸人枠で頑張りますので(笑)、よろしくお願いします(会場拍手)。

仲:とにかく個人的にはお茶の話が最近のヒットでした。忙しい日々のなかでスマホだけを見て過ごすんじゃなくて、たとえば木の葉の色が日々変化していることを観察したり、空気が澄んできて季節が移り変わっていることを体感していたりしたいな、と。そのなかで感性も磨かれていく、すなわち身体中のセンサーが研ぎ澄まされていく。そういうところにイノベーションの芽があるんだと思います。だから、会場にいる人たちにもそういう生き方をして欲しいと思います。今日はありがとうございました(会場拍手)。

岡島:大放談ということで今日は筋書きなしでやらせていただきましたが、いいキーワードも数多く出てきました。たとえば「ここからの5~10年と、それ以降の世界」といったお話。あるいは「ココロオドルって本当はなんだっけ」といった話や、GAFAの覇権争いのような話ですとか、いろいろなお話を伺うことができたと思います。皆さま、今日は本当にありがとうございました(会場拍手)。

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