サイボウズは、理想の取締役会をつくれるか。ティール組織とダイバーシティ

新卒一年目が社内公募で取締役になる会社

法人向けクラウドサービスのサイボウズは、ユニークな人事マネジメントでも知られる会社だが、2021年3月28日の定時株主総会で、社内公募により自薦してきた取締役候補17人の選任議案を可決した。取締役を社内公募するということも一般的には極めて珍しいが、応募してきた外国人社員や新卒1年目(新卒で2020年入社)の社員が実際に取締役になってしまうということも、実例的には極めて珍しいと言えよう。

青野慶久社長によれば、同社は、階層などをなくしたフラットな組織として知られる「ティール組織」を志向しており、今回の件も、その一環であるという。

フラットな組織を目指す、とは多くの会社で言われることだが、ここまでするのは理解できないという向きもあるだろう。実は、「ティール」などに代表される21世紀型のフラットな組織は、従来的な、単に階層や管理職を減らすことで意思決定のスピードを上げようとする20世紀型のフラットな組織とは違う。

その違いを理解しなければ、サイボウズの取り組みを理解することはできないだろう。

たとえば同社では、取締役の数は、前年までの3人から、17人へと大幅に増やしている。今までのフラット組織のイメージで考えれば、取締役会という「ピラミッドのトップ層」の人数は、むしろ減らすのが常識だ。

だが、21世紀のフラットな組織とは、単に上を小さくした「つぶれたピラミッド」ではないのだ。「中心(センター)」となる人の周りに、多くの「個(メンバー)」が集結する、「ネットワーク」なのである。

つまりサイボウズは、それまで3人で構成される「ピラミッドの頂点」だった取締役会を、代表というセンターの周りに16人のメンバーが集まる「ネットワーク」へと変えたのである。

ネットワークは、「核」はあっても「上」はない、究極のフラット組織だ。社長ですら、「上」ではなく、中核という一つの「役割」に過ぎない。いわんや、取締役をや、である。

「取締役」とは「取り締まる役」であり、営業や開発と同じ「役割」の一つと考えれば、新卒がやったっておかしくはない。大事なことは二つだけ。「やる気はあるか」と「できるか」である。

取締役に求められるもの

まず、やる気の有無を見るために、サイボウズでは社内公募という手を使った。それでは、できるか否かを見るには、どうすれよいか。

究極的には、できるかどうかは、やってみなければ分からない。今までの人事は、過去の実績を見て「できそうか」を推測していたが、しかし現代は、過去の実績で未来の活躍を占うことが難しい時代でもある。

だから一番確実なのは、やりたい人にやらせて、ダメなら外すというやり方だ。幸い(?)、取締役は有期契約である。サイボウズの場合はわずか1年だ。しかも雇止めを禁じる法律もない。無期雇用契約である従業員と異なり、人事に慎重になりすぎる必要も実はないのだ(だから、まず間違いなく、サイボウズの取締役会の顔ぶれは、来年の今頃には変わっていることだろう)。

サイボウズは、おそらく個人としての「取締役」に期待するというより、集合体としての「取締役会」を高機能化することを狙っているのではないか。つまり、取締役会を「何でも知っている優秀な個人の集団」にするのではなく、「多様な人々が集まることで、全体として隙がなくなる集団」にしようとしている。

取締役とは「優れた従業員」がなるもの、というイメージがある。だがそれは、ピラミッド型組織における常識にすぎない。ネットワーク型組織では、取締役は、あくまで役割の一つである。そしてその役割とは、取締役会の「メンバー」として貢献することである。

では、取締役会という「会社を監督する組織」のメンバーとして貢献するためには、何が求められるか。

それは、他のメンバーには見えていない盲点を指摘できる「多様な視点」である。社歴ばかり長い日本人のオジサンばかり集めても、多様な視点など得られない。盲点だらけの取締役会になってしまう。

だから近年では社外取締役の重要性が強調されているわけだが、ほとんどの企業では、社外取締役は取締役会のマイノリティに過ぎない。議論の趨勢を決めるのは、依然マジョリティたる社歴の長い日本人のオジサンたちなのであり、マイノリティの意見は、参考として承っておく(つまり聞くだけ)になりやすい。

そのため、社外取締役という方式の有効性については疑問の声もある。

サイボウズも、本稿の執筆時点では社外取締役を設置していない(ただ、改正会社法の施行に伴い、今後設置予定とのこと)。だから、やはり理想は、一人一人さまざまな視点を持つ取締役たちが議論を尽くして、「取締役会」としての包括的な見解を導き出すことであろう。

サイボウズは、それを狙っているのだと思う。

断片的な視点で生まれる包括的なビジョン

確認しておくが、多様な視点とは、断片的な視点である。日本人としての視点、〇国人としての視点。男性としての視点、女性としての視点。シニアの視点、若者の視点。たくさんの断片的な視点が供されるからこそ、そこに包括的なビジョンと知恵が生まれる「場」ができる。

取締役は、神様でなくてよいのである。というより、神様であるはずがない。にもかかわらず、取締役に「神」を期待してきたところに、過去の経営の大きな落とし穴があったと思う。

経営は、不完全な人間たちで行うしかないのである。しかし、不完全な個人が、多様な集団を形成することで、完全性に近づくことは可能だ。

サイボウズの挑戦は、不完全な人間たちが、完全な会社を創ろうとする挑戦なのだと思う。

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